Note
フォームデザインのはじまり〜前編〜
「ブランド王になる!」
この仕事をはじめた2009年、泣け無しの金でランドーアソシエイツという世界的ブランドエージェンシーの書籍を購入し、勇ましく出航した。
もちろんブランド王とは、ハイブランド品を買い漁るという意味ではなく、企業ブランドという会社や商品サービスの印象を、コンセプトとデザインを主軸にさまざまなクリエイティブで作り上げていくというもの。
自分も知っているあのグローバル企業の印象が、誰かの手で緻密に設計されコントロールされていることを知って、ワクワクした。そしてこの専門職の怪物になると心に決めた。
当時は、佐藤可士和がユニクロやTSUTAYAのアイコニックなデザインでリブランドを成功させるなど「ブランディング」という言葉をちまたでも聞くようになった時期。
とはいえ、起業間もない実績もない20代の青年にそんなオファーをする企業などあるはずもなく、スタートから来月の売上さえ見えない嵐の船出となった。

2010年代のパンフレット
めげない、まげない、金もない
企業ブランドを預けてくれる会社はなくとも、パンフレットや名刺など小さな依頼は少しずつ増えていった。そして同時にどんな小さな依頼でも企画書を起こして提案型にしていくと決めた。
大学で建築設計を学んでいたこともあり、ものをつくる際にコンセプトやつくる意味から入っていくのは体に染み付いていた。
あまり一般には知られていないが、建築業界内においてすべての建築には意思と意図があり、大きいプロジェクトになればなるほどその解釈を読み違えると「なぜあの土地にであんなプロポーションで酷いアプローチをさせる駄作を建てたのだ!」と批判が飛び交い嘆きあうのが常である。
一般人からすると何の変哲も無い土地からも、課題や歴史などの文脈を読み取り、解とコンセプトを見出し、「そこだからこそ建ち上がる建築」をデザインする。ものづくりには「必然性」があるという基本原理である。
学生時代自分自身も批判されるのは嫌いだが、作業自体はとても好きだった。
なにより、何のコンセプトもプランも無しに「デザイン」だけを提案することに恐怖があった。
ただ、今回ばかりは少々いき過ぎていた・・
名刺ひとつに何日もかけてコンセプトとそれが最も効果的に伝わる仕掛けをデザインし、依頼者が
今まで見たことのない痛快な驚きを与える。
3万円程度の仕事に対してとんでもない時間をかけ、一点もののアイデアを駆使し驚きを仕掛ける、非効率なルーティンが完成してしまい、さらに真綿で首を絞めていった・・

建築設計事務所の名刺
失って得たもの
そんな苦行を続け、少しはアイデアが刺さったのか、さすがに哀れみを感じたのか、、紹介が紹介を呼び案件は増えていった。
「片面は不可解な暗号に見えて、透かしてみると意味が完成するアートイベントのショップカード」「上の方を折り曲げると屋根のような裏地が表側にでて家になる建築家の名刺」「木の皮デザインにした紙をぐるぐるに巻いて切り株のようにして置くハウスメーカーのリーフレット」
極め付けは「ブラックライトに反応する特色インキで印刷した暗黒の展示会場で光る名刺・・・」
コンセプトで謎かけをし、あらゆる視点でそのこころ表現する「大喜利」大会はその後も続いていった。
そして、必要と信じてやっていることと、求められていることとのギャップは、建築設計時代に感じていた感覚にも似ていた。
ただ、当時と違い提案する順番を変えることができる業界であることにも気づき、希望が見えた。
自分がやりたい内容を強引に進めるのではなく、時間をかけ価値観を合わせ、相手側が「必要だ」と思った時に提案するという単純明快なものだった。映画インセプションでレオナルドディカプリオがやった作戦だ。
そうこうしている間に店舗や企業ロゴの案件も増え、大喜利の舞台は企業のプロモーション領域からブランドのコア部分にじりじりと近づいていく。

創業当初のDM
(後編へつづく)
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